INTERVIEW

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一般社団法人 葛尾むらづくり公社 復興支援員
茂木 若菜(もてぎ・わかな)さん

私は小学校から高校まで、秋田県の大曲花火大会で有名な大仙市で暮らしていました。幼い頃から芸術が好きで母が郡山出身、祖母が郡山市内の逢瀬町に住んでいたこともあり、祖母の家に下宿しながら郡山女子短期大学部の地域創成学科に通いました。そこでは主に芸術や歴史、地域について学び、学芸員補の資格も取得しました。

祖母の家は民泊をしていて、祖母自身地域活動に盛んに参加していましたね。田んぼ1反を学校に貸したり、育てたお米や野菜で作る食事を民泊でふるまったりしていました。祖母は仕事が速く、大勢の人と知り合いですが一人一人をしっかり覚えています。お泊りになったお客さんにも気を使わせず、その姿はまさに「田舎のお母ちゃん」そのものでした。そんな祖母の下で私は民泊のお手伝いをしたり、近くにある竹細工体験や花炭体験などほかにも様々体験できる民泊「なんだべ村」で日本女子大学の学生さん達のおもてなしをしたり、いろいろな体験をすることができました。そういう家族みたいな雰囲気やつながりを作れることの楽しさを知り、それが魅力的で地域活動に興味を持ち始めたのです。

葛尾村に来て10日、働き始めて7日目。葛尾村はすがすがしい空気で星空がすごく綺麗です。仕事で住民の方のお家を訪れるとおばあちゃんが「これ食いっせー」「これ持ってけ」とおかずやお菓子をたくさん持たせてくれます。今はまだ住んでいる方の名前を覚えきれていませんが、全員覚えたらさらにお話するのが楽しくなる気がしています。

葛尾村のお家はどこも大きいので、使っていないお部屋を利用して民泊をやってくれる方はいないかなと思っています。田舎暮らしは大変なこともありますが、田舎だからこそのすがすがしい空気や星空、おいしい郷土料理を都会の人に知ってほしい。以前、祖母の民泊に外国人の方が来たとき私もお手伝いをしたのですが、最終日にその方が「また来るから」と泣いてお別れされたんです。その時、私もその方とつながれたと思いました。民泊は地域の人同士だけでなく、そうやって地域外の人ともつながれる場所です。そんな機会が作れることが民泊の良さだと思うので、これからちょっとずつ行動していけたらと思います。

(2021年4月取材)


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