PLAYER INTERVIEW
震災前まで、食用牛の繁殖経営を行いつつ稲を栽培する兼業農家を営んでいましたが、帰村後は今まで以上に畜産の方に力を入れるようになりました。その大きなきっかけが、一緒に仕事をするようになった息子の存在です。小さい頃、悪いことをしたら牛小屋に入れるよって言ったら怖がるほど牛が苦手だった息子が、村の避難指示解除後、家業を継ぎたいと言ってそれまでの仕事を辞め、平成29年春に葛尾村に戻ったのです。そこから繁殖経営を再開しました。
以前は収穫したコメの乾燥藁を餌や牛小屋の敷料として利用し、藁を食べて排出された牛のフンを肥料にし、その肥料で田畑を耕す、というように資源を循環させることができていました。その反面、朝5時に起きて牛に餌をやり、田んぼの手入れをして、夜も遅くまで牛の世話をする忙しい毎日でした。再開後は息子と二人で繁殖経営に専念したこと、機械の導入で餌やりや管理を効率化したことから、時間の余裕が出てきています。ただ現在、牛がのびのびと暮らせるように田んぼでの放牧していますが、山での放牧は落ち葉が除染しきれていないのでできていません。
この仕事をする中で、特に牛を飼育農家に売り出す際には様々な想いがあります。当然、産まれてからの9~10か月間、苦労して毎日手入れして育てあげた達成感はあります。でもそれ以上に、一頭一頭に名前をつけ、愛情をこめて育てた牛が自分たちの元から離れていくことに悲しさも感じます。牛も育てるうちに懐いてくれるので、我が子と同じように愛おしく思うのです。
現在、葛尾村には私たちのような個人経営の畜産業者が多く、みんなで協力し合えるよう、月に一度くらい集まって情報交換を行っています。村民同士の結びつきが強いからこそできていることですし、この集まりがなければ畜産の個人経営はなかなか難しいでしょう。飼育方法の情報共有以外にも、それぞれの苦労を語りあったり労いの言葉をかけあったりして、楽しいひとときです。モチベーションが更に上がりますよ。こうやって村の同業仲間と切磋琢磨しながら、今後は飼育頭数を増やし牛舎を拡大していくことが目標です。
(2020年9月取材)